国産コーヒーの歴史

COFFEE HISTORY

日本でのコーヒー栽培の歴史

はじめに、世界のコーヒー生産地は 北緯25度南緯25度 の間の コーヒーベルト と呼ばれる赤道を中心としたエリアで、日本の沖縄・小笠原は 北緯26~27度 と少し外れますが、辛うじてコーヒー栽培できる最北限地になります(栽培できる理由として両地域は亜熱帯海洋性気候に属するためです

コーヒーベルト沖縄小笠原

コーヒーベルト

この最北限地は世界的に見て珍しいエリアで、コーヒーの木にとって冬の寒さが厳しい環境でありますが、日本の寒波に耐えたコーヒーは特徴ある味が作り出せる可能性を秘めております。

沖縄の気候

沖縄の気候

古くから沖縄と小笠原ではコーヒー栽培されており国産コーヒーの歴史をご紹介します。
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日本で最初のコーヒー栽培は いつ どこで?1878年(明治11年)、榎本武揚、小花作助らが インドネシア(ジャワ島)の苗を東京都小笠原村(父島)に導入し栽培をはじめたのが最初と言われております。しかしコーヒー生産に成功したものの、経済性でサトウキビに及ばなかったことから次第に縮小していきました。その後、第2次世界大戦により全島民が内地に強制疎開することになり国産のコーヒー栽培は終わりました。小笠原産コーヒー栽培復活!戦争が終わり疎開先から島に帰れたのは23年後のことでした。島はジャングル化していましたが農地を再び開墾していたところ野生化したコーヒーの木を発見しその実から苗木を作って増やし今では収穫・販売まで出来るようになっております。資料提供: 小笠原村教育委員会・野瀬農園様 明治時代の小笠原でのコーヒー栽培の記録 東京農業大学の創立者で国産コーヒー栽培を推進した榎本武楊 父島でコーヒー栽培をする野瀬もとみ様(野瀬農園)

桃原農園 と コーヒーの木 沖縄には在来種のコーヒーの木はありませんでしたが大正13年に沖縄県で初の造園業 「 桃原農園 」 を創設した 尚順男爵 は国内外の貴重な植物を集め栽培の研究を 沖縄北部(本部町伊豆味) でおこなっていました。その中に コーヒーの木 があったことから 約90年前 に沖縄に初めてコーヒーの木が持ち込まれたと考えられます。そのコーヒーの木が どこからきたかは不明ですが推測で東京都小笠原諸島(父島)で栽培されていたものを持ち込んだ可能性も考えられます。

沖縄で最初のコーヒー生産に挑戦した人!和宇慶 朝伝 さん(うるま市) 享年104歳 約40年前に 沖縄で最初のコーヒーの生産栽培を始める。県立中部農林高校(専門:農学)を退職後、ブラジル農業試験場に行きコーヒー種子を調達する。現在、沖縄の代表的品種 ブラジル産 ムンド・ノーボ種(ニューワールド)の生産に尽力されました。1983年当時 ニューワールド(ブラジル品種)の栽培に成功 1994年当時 ブルボンアマレロ(ブラジル品種)コーヒーの実

山城先生 沖縄でコーヒーの商業生産に成功した人!山城 武徳 さん(恩納村)亨年81歳  県立中部農林高校の教員から与那城村立宮城小学校の校長を経て退職後、本格的にコーヒーの生産栽培に力を入れる。沖縄は台風が多いため安定的にコーヒー生産するには防風対策が必要で、その対策や収穫後の加工機の研究にも尽力されました。2000坪のコーヒー農園にはハイビスカスやカポックの計算された垣根(防風柵)は台風に鉄壁でした。中央:コーヒーの木  右:防風柵(ハイビスカス)コーヒーの木

江戸時代中期のコーヒーキーパーソン「日本で初めてコーヒーを飲んだ人(詳細)